軽自動車の歴史

[ 2014年12月16日 更新 ]

マイカー時代を切り開いた軽自動車

マツダキャロル と 三菱ミニカ

マツダキャロル と 三菱ミニカ

昭和35年(1960年)5月には東洋工業が軽乗用車「マツダR360クーペ」を30万円代で発売し、昭和37年(1962年)2月には軽乗用車「マツダキャロル360」を発売しました。同年4月には鈴木自動車工業が軽乗用車「スズライトフロンテ360」を発売しており、同じく10月には新三菱重工業が軽乗用車「三菱ミニカ」を発売しています。このように昭和37年(1962年)は、軽自動車だけでなく、小型乗用車の発売も相次ぎ、その後のメーカー間の新車販売激化の幕開けとなる年でした。
ホンダ N360

ホンダ N360

昭和38年(1963年)5月には鈴木自動車工業が軽乗用車「スズライトフロンテFEA」を発売し、昭和41年(1966年)11月にはダイハツ工業が軽乗用車「フェロー」を発売しています。軽自動車メーカーとして最後発の本田技研工業が軽乗用車「ホンダN360」を発売するのは昭和42年(1967年)3月でした。
昭和30年(1955年)以降、わが国の自動車保有台数は毎年10数%から20%という驚異的な伸びを続け、昭和39年(1964年)以降、毎年100万台以上増加を続けました。たとえば、昭和30年のわが国の自動車保有台数は134万台でしたが、昭和40年には698万台、3年後の昭和43年3月には、1,000万台を突破し1,169万台に達しています。わが国の驚異的な経済の高度成長を客観的に示す数字で、この自動車の保有台数の推移ほど如実に物語るものはありません。
昭和40年代の保有台数は毎年200万台のペースで増加を続け、軽自動車についても昭和38年(1963年)3月の保有台数では100万台を突破し、3年後の昭和41年(1966年)3月には200万台を突破、さらに2年後の昭和43年(1968年)には300万台、昭和45年(1970年)3月には472万台に達し、その後も増加は続くと予想されていました。昭和39年3月に自動車保有台数全体に占める軽自動車の割合は4分の1を超え、その後も伸び続け、昭和45年には28.6%に達しました。

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