軽自動車の歴史

[ 2014年12月16日 更新 ]

軽自動車生産への挑戦

このような中で軽自動車は比較的容易に製造できる自動車として、中小の企業、異業種企業により昭和20年代から30年代初期にかけて、試作かごく少量の生産レベルではあったものの軽自動車の生産が行われていました。現在では知られていないようなさまざまな企業が昭和20年代から30年代初期にかけて軽自動車の生産に挑戦しました。
電気自動車たま号

電気自動車たま号

当時の記録を見ると、最も早いものとして昭和22年(1947年)に東京電気自動車(株)より電気自動車「たま号」が生産されています。戦後のガソリン統制の時代であり、また戦前の旧・立川飛行機の技術者を中心に設立された同社の高い技術水準が活かされ、「たま号」は当時として非常に高い性能を発揮したとされています。
電気自動車については乗用車、トラック、バスが生産されており、昭和20年に46台、21年には451台、22年には948台、23年になると1,402台、ピークの昭和24年には1,614台が生産されました。戦後のこのような時期に電気自動車が存在していたことが一般的には驚きです。しかしながら、朝鮮戦争の勃発とともにバッテリーの原料の鉛が高騰し、一方で、統制下にあったガソリンが大量に出回ることとなり、まもなく電気自動車の生産は中止されました。

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