軽自動車の歴史

[ 2014年12月16日 更新 ]

戦後期  統制下の自動車生産

自動車の生産制限

終戦後の昭和20年(1945年)、自動車の生産は再開され、わが国は復興への道を歩み始めますが、連合国軍による占領下であり、自動車の生産にはGHQ(連合国軍総司令部)による製造許可が必要でした。

このような状況下、昭和20年9月にトラックに限ってではあるものの、月間1,500台の製造が許可されましたが、これは戦前から継続的に生産されていたトラック製造の延長程度の状況でした。

乗用車の製造は昭和22年(1947年)6月に許可されましたが、用途は政府・警察・タクシーなど、公共目的に限られており、トヨタ自動車、日産自動車でも乗用車の生産は年間数百台に制限されていました。一方で、昭和22年から23年(1948年)にかけて24,000台の米軍軍用車が払い下げられていました。

乗用車の生産制限の撤廃

昭和24年(1947年)10月、ようやく乗用車の生産制限が撤廃されました。厳しい状況下での自動車生産再開でしたが、この間、法律の改正も進み、自動車の生産、自動車の普及に向けて制度的準備が進められました。

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